ヴィシュバーンの末裔 〜月神の誘惑〜 9
第二章 宿命の恋人 A
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(こりゃ、怒っているかな?)
カーライトを先に宮に帰したユリアは、こっそりと自分の恋人のご機嫌をうかがった。
ユリアは謁見室を出たところでマイヤに呼び止められ、花の宮の中庭へと誘われた。
だが、自分が連れてきたというのに、マイヤは黙りこくったままで一言(いちごん)の言葉も発しない。
ユリアは仕方なく、所在無げに夜空を見上げた。
天空には切り離した爪のような細い、細い双子の月。
今夜の月は恋人と寄り添って寝るための寝台のようで、心惹かれてしまう。
(あなたとあの月の褥(しとね)で眠りたい)
といったならマイヤはなんというだろうか。変わらず月神のように美しいこの男は・・・・。
「この庭のどんな花より、あの天空にかかる月より、あなたのほうが美しいな」
ユリアは素直な性格だった。思ったとおりの言葉を口にしてしまう。
だが、隣では盛大な溜め息をつく音。
「ユリア。そんなことをいわれてうれしいと思う男はいませんよ」
「本当なんだから仕方ないじゃないか。
・・・・・もしかして怒っているのか?」
ユリアは昔からマイヤには直球しか投げない。苦手な人間には消える魔球なども投げるのだが。
「何故、私が怒っているとおもうんです?」
「さっきから少しもしゃべらないじゃないか」
「あなたはいつもことごとく私の思惑をはずしてくれますね」
マイヤは再度、大きく溜め息をつく。
「やっぱり怒っているじゃないか!」
自分は彼女に怒ってなどいない。
ユリアと話したいことも、話さなくてはいけないこともたくさんあるというのに、彼女の紅い口唇をふさぐことしか考えられない、自分に嫌気がさしただけだ。
マイヤはユリアの手を引くと、真っ赤なバラの咲くアーチをくぐり抜けた。
二人は申し合わせたように立ちどまり、しばらく黙って見つめあう。
ふたりで同じ世界にいるという至福。目の前に確かにあるというのに消えてしまいそうでユリアはこわごわ自分の宿命の恋人に手を伸ばす。
恋人のしっかりとした感触をもう一度確かめたくて、両手で掴んで抱きしめる。
刹那、ユリアの大きな瞳から涙が零れ、頬をぬらしていく。
その涙の温かさに現実と教えられ、またとめどなく涙が零れていってしまう。
「ああ。マイヤ。逢いたかったんだ。マイヤ、マイヤ・・・・・・」
名前は魔法なのかもしれない、世界で一番短い魔法。
そして、呼べば呼ぶほどに愛しさが募る不思議な魔法。
「子どものようですね」
マイヤがくすりと笑う。
「ひどい」
怒ったユリアはくるりと後ろを向くと、両頬を膨らませる。
マイヤにはそんなユリアが可愛くて堪らない。自分だけに見せる我儘な子どものような姿。いつか自分は彼女が愛しすぎて狂ってしまうのかもしれない。
「わたしはもうとめませんよ」
ユリアは左手を引きよせられ、恐ろしいほどの力で抱きしめられた。
「だめだ。あなたの体に良くない」
ユリアは両手で恋人の体を柔らかく押した。
「ここでやめるほうがずっとよくありませんよ。
わたしは一日中あなたが欲しくておかしくなりそうだった・・・・・」
マイヤが耳元にかすれた声で囁く。その甘い唇に耳たぶを口づけられ、背中をぞくぞくさせられてしまう。
「わたしもだ。
ずっとあなたのことばかり考えていた」
出会った口唇は、長い年月を埋めるようにお互いを封じていき。
マイヤの少し熱を持っているのだろう、火傷しそうに熱い舌がユリアのどこかを確実に狂わせていく。
「あ・・・ふ・うん・・・だ・・だめ・・・・・・」
「何がだめなのです?」
「あっ、だっておかしくなる……」
髪を梳かれ、項(うなじ)にされた接吻(くちづけ)は自分の全てに炎をともしたようで、目前の男が欲しいということしか考えられなくなる。
「熱くなっていますね。
私が欲しいのですか?」
なんて意地悪な男だろう。自分の答えを知っているくせに、わざと聞いてくるのだから。
この男は昔から、自分に意地悪なのだ。けれど、悔しいとおもっても、もう抗うことはできない。身体中から熱い塊がせりあがってきて苦しいほどだから・・・・。
「あなたが欲しい。
もっと、キスして・・・・・」
一瞬の後、息が止まるほど抱きしめられて、痛いくらい唇が押しつけられる。乱暴な指に唇をこじ開けられ、はいりこんできた熱い舌にユリアは奥までさぐられてしまう。
キスはこんなに淫ら、だったろうか。
マイヤの舌に絡めとられ、目眩がするほど激しいキスに没頭させられる。
長いキスに力が抜けてしまったユリアは倒れそうになって、マイヤに縋って抱きしめられた。
ふわりと抱き上げられて運ばれる。
ふたりの後を、双子の月がどこまでも追いかけてくる。
「あなたは今夜、自室に戻らないほうがいいとおもいますよ。
私の部屋にいらっしゃい」
あの夜と同じ道筋を辿っているというのに、少しも落ち着かない。
ユリアは恥ずかしくて堪らなくなって、マイヤの胸に顔をうずめた。
すると、頭の上でクスクスと笑う声がする。それはとても綺麗な声だというのに憎くて堪らない。
どうしていつも自分だけこんなに余裕がないのだろう。
寝台に投げ出されると同時にマイヤが覆いかぶさってくる。激しく口づけられ、あの頭がしびれるような感覚がまたやってくる。
マイヤの熱い手が暗闇の中にユリアの全てを暴きだす。
わけがわからなくなりそうだ。返す反応の一つ一つがあまりにも今までのそれと違うようで・・・・・・。
この声は本当にわたしから出たものだろうか。どんなにこらえても、マイヤの手が動くたび、唇から溢れてしまう。
「マイヤ。もう…だめ。お願い・・・・・・・」
これ以上されたらおかしくなってしまう。だから・・・・・。
ユリアの下肢を好きなように嬲っていたマイヤは、恐ろしいほど真剣な顔を上げる。
「気を失ってしまうかもしれませんね」
なんて意地悪な言葉をいうのだろう。ユリアは恥かしくて消え入りそうだというのに。
この男は優しく穏やかな外見とは裏腹に、怖いくらい情熱的で意地悪なのだ。
いつもユリアはそれを身体でおもいしらされる。
マイヤはユリアの顔を覆った両手をはずさせると、腰をすすめてくる。次の瞬間、乱暴に突き入れられてユリアは、耐え切れず悲鳴をもらした。
そうして、ユリアが気を失うまで、男は彼女の上から去らなかった。
(長い夜になりそうだ)
ユリアはそうおもいながら、薄れていく意識を手放した。