真昼の月

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 何故屋上に行きたくなったか。
 理由なんかない。
 1階にある自分の教室からはたっぷり6階分はあるというのに、あたしは一気に階段を駆け上がると、屋上へ続くドアを開けた。
 そろそろ夏休みが近く。
 遮るもののない屋上はわんわんと音がするほどに暑い。
 グリーンのはげた金網越しに空を見つめれば、八つ当たりしたくなるほどのいい天気だ。
 もし今、あたしが死んでも、この澄んだ青空は少しも変わらないんだろう。
 あたしは金網に手をかけると、動物園のチンパンジーがよくやるみたいにガチャガチャと大きく揺さぶってみた。
 すぐに耳障りでいやな音がする。
 子供じみた自分が自分でもおかしくてたまらなくなって、あたしはふんと鼻を鳴らす。
 すると、ずっとこらえていたものが鼻の奥をつんと痛くする。

 あたしはさっき屋上に行きたい理由などないと言ったけれど、本当はある。
 ひとりになりたかったという陳腐な理由が。
 あたしは昨日、ひとつ恋を失くした。
 3か月付き合っていた彼と別れたのだ。
 いや、3か月しか付き合わなかった、というのが正しいのかもしれない。
 イマドキの、少しイケメンで、ノリがよくて、付き合いのいい、ただそれだけの男。
 すっごく好きだったかといわれると、正直自信はない。
 だって、何となく付き合い始めて、なんとなく別れたのだから。
 
 それに優しくされたことだって一度もなかった。
 いつも自分のことでいっぱいいっぱいな彼は自分の話しかしなかったし。
 それでも、あたしはなんとなく彼の隣にいた。
 いやだなと、ずっとおもっていたのに。
 ちゃんと向き合うことがなかった恋。
 おたがい、彼氏、彼女がいると便利だから、付き合っていただけなのだ、たぶん。
 
 でも、たった一度だけ・・・・・・・。
 あれは映画を見た帰りか何か。
 彼の好きなサーティワンでアイスを食べた。
 あたしがダブルチョコレートチーズケーキを、彼がナッツトゥユーをシングルコーンで。
 小さな二人掛けのベンチに座って、あの日は5月だったけれど、今日のようにとても暑かったから。
 あたしたちは溶けちゃうのを恐れて、黙々と食べた。
 そして、一足先に食べ終わった彼がにっこり笑って言ったのだ。

 「また、一緒にたべような」と。

 あたしはその時の彼の、今日の空のように曇り一つない笑顔を忘れることができない。
 それはあたしにとってたったひとつの思い出らしい思い出だから。
 あたしは不覚にもつつと右頬に落ちてきた涙をいらだたしげにはらうと、目線を高く上げ太陽を見つめた。
 額から幾筋も汗が落ちてきて目にしみてくる。
 あたしはそんなことを言い訳にして、なおも小さく泣き続けた。
 でも、これは自分が可愛そうで流す涙。
 おもちゃ屋で駄々をこねる子供と同じだ。
 
 (本当にバカだな、あたし・・・・・・)

 もう一度、ふんと鼻を鳴らす。
 そんなあたしの眼にとまったのはほの白い三日月。
 まじまじと見なければわからないほどに存在感の薄い。
 けれど、あの月は太陽が出ているから、あんな薄っぺらだけれど、ひとたび日が沈めば煌々とした姿を見せる。
 もしかしたら彼もそうだっだのかもしれないと、あたしはふと思った。
 あたしがいつも見ていた彼は真昼の月で、違う場所では煌々と輝いていたのかもしれないと ――――― 。
                     了
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