聖杯を抱くシュヴァリエ〜Impossible Love〜9
第2章 再会はマチネーのごとく C
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冬支度にふっくらした雀たちが軒先でせわしない。
餌を探し、雨どいをしきりにつついていたが、一羽が舞い上がると、もう一羽も誘われるように空へ飛び立ってしまった。
彼らは餌の少ない冬、半数ほどしか生き残れないのだという。
それが自然の摂理。
そう思っても可愛そうだと思う心は止められない。
こっちだって雀に同情できるほど、余裕のある環境じゃないはずなんだけどね。
あたしはふふと自嘲する。
早朝、エティエンヌに鼻をつままれて起こされた。いつもとちっとも変らない不機嫌そうに眉を寄せた彼に。
それで、半ば強制的に剣の稽古をさせられたんだけど。エティエンヌは想像通り、めちゃ、めちゃ厳しい先生だったの。
彼はレイピアはフェンシングの「エピの剣」の元となったものだけれど、切ることも突くことも出来るのだと教えてくれた。けれど、あたしの動態視力のよさ、身の軽さを考えると、「突き」を優先させるべきで、昨晩の日本刀のような使い方は膂力の弱いあなたには向かないのだとつづけた。
あたしはエティエンヌの話をふんふんと頷きながら聞いていた。だって、本当にもっともだとおもったんだもの。
結果、あたしはエティエンヌを相手に何百回も突きの練習ばかりさせられることになった。
もう、支度をしないと、学校に遅刻するいう時間まで。
けれど、彼は稽古を終えてぐったりしたあたしがシャワーを浴びている隙に、ふいといなくなってしまっていた。
飲みかけのフレーバーティーだけを残して・・・・・・。
実は昨晩、何かを思いつめてみたいだったから、心配していたの。
エティエンヌはどうしてか、トランプに戻るところを見られたくないらしくて。不思議だよね。トランプの精みたいなものだと知れているのに。
だから、あたしはエティエンヌが部屋にいても、構わず先に寝ることにしているんだけど。
昨夜はすっごく疲れていたはずなのに、エティエンヌのことが気になって、なかなか寝付くことができなかった。
誰も寄せ付けないかのごとく背中を向け、変わらない星のささやきだけに耳を傾けながら、ジャンヌのことを想っているエティエンヌが・・・・・・。
そんなエティエンヌの背中を見るともなしに見ながら、あたしはいつしか眠りについていたんだけど。朝起きると、彼はいつもと同じ彼で。あたしは思わず拍子抜けしてしまった。
残された、まだ湯気の立っているカップ・・・・・・・。
エティエンヌはあたしの家族でもなければ、ましてや恋人でもない。用事が済めば黙っていなくなっても責めることなんてできない。
けれど・・・・・・。
あたしはエティエンヌのカップをシンクに運ぶと、レバーを落とし、思いっきり水をじゃばじゃばとかけてやった。
このわけのわからない感情が水と一緒に流れて、どっかへいってくれるように。
あたしは ―――――― エティエンヌに一体、どうして欲しいのだろう。
刹那、冷蔵庫の上。デジタル時計のぱらんと捲られる音。
ジャスト8時の文字盤にあたしは大きく目を見張った。
冴子が待ってる。
冴子に怒られる。
あたしはその言葉だけを頭のなかで繰り返しながら、オーバーニーソックスを急いではくと、待ち合わせ場所のコンビニへ猛ダッシュした。
女子高生はなにかと忙しい。いつまでも分けのわからない感情に付き合ってる暇などないのだ。
芽生えはじめたそれに思いっきりフタをして、鍵をかける。二度とひょこっり顔を出さないように厳重に。
あたしはコンビニの前で待ちわびていた冴子に、
「ごめん。待たせちゃって」
と、何回繰り返したかわからないセリフをいった。
「あんた、いいかげんにしなさいよ!」
怒る冴子を「明日は絶対、先に来てるからさぁ」と、なだめながら思う。
両親の敵を討つまで、恋に時間を割くことなど許されないのだと・・・・・・・。
あたしは仲良く飛び立っていった番の雀を頭の中で思いっきりDeleteすると、冴子に「期待しないでおくわ」といわれながら、走り出したのだった。
私立聖藍学園 ―――― 。
10年ほど前、市の郊外にある小さな山を切り崩して作った新設校だ。
聖藍学園の特徴は外国語教育に力を注いでいるため、帰国子女やあたしみたいに外国の血が混じった生徒が比較的多いことだ。
でも、あたしがこの学校を選んだ理由はただ単に、制服が可愛かっただけなんだけどね。
黒地に白のセーラーカラーのジャケット。ワイン色のミニスカートにオーバーニーソックスの制服は「制服図鑑」のトップページを飾るほどだ。
あたしは冴子とともに「2−AHR」と書かれたドアをあけると、いつものように「おはよう」と叫んだ。
でも、なんでだか誰もこっちを振り返ってくれない。
それにいつもより当社比3倍は騒がしい気がする。
あたしは机の上に鞄を放り出すと、隣で立ち話をしている工藤友香の肩をつんつんとつついた。
「おはよ、友香。
朝っぱらから何を騒いでんのよ?」
友香は一瞬びくっとなったが、こっちを振り返るとたちまち「なんだ」という顔になる。
「ふふっ、緋奈。あんたは聞かないほうがいい気がするけど。それでも聞きたいのお?」
意味深なセリフをいって友香はふふんと肩をそびやかす。
あたしは思わず、鼻白んだ。
すると、今まで隣で大人しく聞いていた冴子が、
「まさか、この季節に幽霊の話題じゃないでしょうねぇ」という。
「さすが、冴子。さっしがいいわ!」
友香はぱちんと手を鳴らすと、冴子の肩をパシパシと叩いた。
あたしは思わず、“場つなぎ”して家に帰りたい衝動に駆られた。
だって、幽霊だけは本当に苦手なのよ。
先月の学園祭の時なんて、無理矢理入らされたお化け屋敷の中で立ったまま気絶したくらいなんだから。
あたしはそろりそろりと踵を返そうとした。
ところがもう一歩のところで冴子に見つかってしまい、ノラ猫のように首を掴まれた。
「緋奈・・・・・・!」
冴子は低い声で、けれど強い調子であたしの名を呼んだ。
はい、はい。わかってますよ。
“ゆらぎ”の情報かもしんないっていいたいんでしょう。
冴子さまの圧力に負けたあたしは仕方なく友香の話を聞くことにした。
「それがね、幽霊が集会を開いてるっていうのよ!」
へっ。幽霊が集会・・・・・!?
まさか・・・・そんな猫じゃあるまいし。
あたしは友香の言葉を鼻先でせせら笑った。
「そんなバカなことあるわけないじゃない!」
「うん。あたしも最初はそう思ったんだけど。
でもね、幽霊の集会に遭遇したのは一人や二人じゃないっていうのよ。
うちの学校だと2−Bの佐藤さんとか、中等部のテニスサークルの子達とか・・・・。
とにかく・・・・・一杯、いるらしいの」
友香は興奮半分、不安半分といった様子で話し続ける。
「ほら、駅前の通りを市立図書館のほうに入っていくと、大きな公園があるじゃない。
えっと、名前なんだったかな・・・・・・」
「西城公園・・・・!」
冴子が友香の言葉を補足する。
西城公園・・・・・!?
あたしと冴子は思わず、顔を見合わせた。
その場所は昨夜、間違いなくあたしが“ゆらぎ”と戦った場所だったのだ。
「それで、その幽霊達は何をしているっていうの?」
冴子はあたしたちの間に一瞬走った緊迫した空気を隠すように、ことさらゆっくりと尋ねた。
「ううん。姿は見えないらしいの。
何人かで話しあってるような声がするから、近寄ってみると、だあれもいないんだって」
そう、友香が締めくくったときだった。教室のドアががらりと大きな音をたてて開いたのは。
担任教師がS・H・R(ショートホームルーム)を行なうために、足音高く入室してきたのだ。
けれど、四十年配の男性教師は今朝、ひとりではなかった。金髪で緑の眼の転校生を伴っていた。
もちろん、この学校では金髪などめずらしくない。
毎年、たくさんの留学生を受け入れているし、生徒の中にもブロンドの髪の持ち主は何人もいる。
それでも、クラスメート達が眼を瞠ったのは転校生の甘やかな容姿にだろう。
転校生は担任教師に紹介された後、教壇に立つと天使のような笑顔を周囲に振りまいたのだった。
* * *
「Monsieur Morechand. Viens.」(モレシャンくん。来なさい)
「Oui・・・」
男性にしては少し高めの通る声。
その声はダークグレイのスーツを着た青年から発せられていた。
身長はたぶん180センチくらい。薄い金の髪にエメラルドの瞳。そして、宗教画の天使の如く甘やかな顔立ち。
もし、エティエンヌを月に例えるなら、彼は恐らく・・・・・太陽かもしれない。
あたしたちは息をするのも忘れたようにいきなり現れた美青年を見つめていた。
Charles・Antoine・Morechand ―――― 。(シャルル・アントワーヌ・モレシャン)
自らの名をそう紡いだ新しいクラスメートはまるで当然のごとく、あたしの隣に座るとすいと手を差し出してきた。
「Comment allez vous?Mademoiselle.」(ご機嫌いかが?お嬢さん)
あたしは一瞬たじろいだ後、スカートの裾で手をごしごしこすると、彼の手をとって答えた。
「Tres bien,Merci.」(とても元気です)と。
あたしはこの時、彼が何故「Enchante」(はじめまして)ではなく、「Comment allez vous?」(ごきげんいかが?)といったのか、少しも考えなかった。
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