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聖杯を抱くシュヴァリエ〜Impossible Love〜7

第2章 再会はマチネーのごとく  A

      U

 「ちょっと、緋奈。そんなに強くしがみつかないでよ。痛いじゃない」

 あたしは震えながら、冴子の右腕をがっちりと掴んでいた。

 「だって、この公園。こないだ、バラバラ死体が見つかったとこなんだよ」

 「バカねぇ。バラバラ死体っていっても、片足が見つかっただけでしょうが!」

 冴子はそういいながらも、仕方ないなという顔をして、手を繋いでくれた。まぁ、あたしが幽霊の類を大の苦手としているのを知っているからだけどね。
 
 「そ、それだけでもすっごく怖いよ。
 それに・・・・・見るからに出そう・・・・・」

 あたしと冴子は駅前のマックでご飯した後、お互いの家へ帰るところだった。でも、その途中にある大きな公園がね。暴力夫を殺した主婦がバラバラにした右足を捨てたという、いわくいつきの場所なのよ。
 それに、夜の公園ってなんでこんなにひとけがないの!昼間はあんなに賑わってるのにさ。あたしはびびりまくって、冴子の手をいっそう強く握り締めた。
 すると、痛そうに顔をしかめながら冴子は、
 
 「なにいってんのよ。たとえ、なんかが出たとしても、あんたにはかっちょいい騎士さまがついてるじゃないの。ピンチにはスーパーマンよろしく、助けに来るんでしょ!」と、いってくれやがった。

 冴子・・・・。騎士はランプの精じゃないから、「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃ〜ん!」ってことは絶対ないとおもうけど。それに、エティエンヌが童話に出てくるような親切な騎士さまだったら、こんなに悩んでないわよ。

 「・・・・・・・。
 あいつがそんなにアグレッシブだと思う?」

 「うーん。聖樹なら絶対に助けに来そうだけど・・・・」

 ああ。はい、はい。ご馳走さま・・・・・。
 それこそ、聖樹は冴子が少しでも困っていると、スーパーマンのごとく現れてたもんね。
 でも、あんたたちの場合、そこに愛はあるから助けに来るだろうけど、あたしたちの場合、そこに愛はきっぱりないから、エティエンヌが助けにくるなんてことはありえない。

 「じゃさ。ためしに襲われてみたら?
 聖樹なら、何をしてても、どこにいても絶対、冴子の元に駆けつけてくるよ」

 そう・・・・たとえ行方不明であっても・・・・・。

 「そうね。聖樹にもう一度会えるんなら、そうしてみようかと思うわ」

 冴子はそういうと少し淋しげに笑った。
 
 あの、父母を亡くした冷たい雨の降る晩 ―――― 。
 一生分の涙を流すかのごとく泣いているあたしの隣で、冴子はずっと肩を抱いてくれていた。同じように涙を零しながら・・・・・。
 でも、冴子はふと泣き止むと、あたしの顔を覗き込んでいった。

 『ねぇ、緋奈。あたし、なんとなく聖樹は生きているような気がするの。
 だから・・・・・聖樹はきっと、あたしたちのとこへ戻ってくるとおもう。だから・・・・もう、泣くのはやめにしない?』 

 あたしは鼻水を拭うのも忘れて、親友の顔をまじまじと見てしまった。
 冴子はあたしとおんなじに瞼は腫れてるし、顔は泣きすぎて真っ赤だったけれど、今までで一番綺麗でまっすぐな瞳をしていた。

 ああ、恋はなんてすごいんだろう。
 ただの女子高生をこんなに強くするのだから。
 でも、誰かを自分の中に住まわせるのは怖い。
 きっと、あたしはその誰かにひどくのめりこんでしまう、そんな予感がして・・・・・。

 『うん。あいつなら、幽霊になっても冴子んとこに帰ってきそうだもんね。
 ・・・・とすると、あんたに姿を見せないってことがずばり、聖樹の生きてる証だよね』

 あたしは何度もうんうん頷くと、冴子を思いっきり抱きしめた。そして、温かくて少しだけ湿った冴子の胸でわんわん泣いてしまった。
 あの晩、あたしたちは生きる勇気と前進する力を手に入れたのだ。


 「でもさ。あいつ、ご飯中だと助けに来ないじゃない。
 だから、こんなとこ、さっさと通り抜けてうちへ帰ろう」

 あたしは冴子の黒くて長い髪を優しく撫でながらいった。
 冴子は「ありえるわね」といって、くすくす笑う。
 あたしたちはお互いをかばいあうように足早に歩き出す。 

 「すいませ〜ん」

 そこに間延びした男の人の声がした。あたしたちはあまりのタイミングのよさにギョッとしてしまった。
 おそるおそる後を振り返ると、若そうな二人組のおまわりさんが立っていた。
 なんだぁ、おまわりさんかぁ。おどかさないでよ、もう・・・・。
 
 「ここを通るのはあぶないですよ!」
 
 比較的、のっぽのほうのおまわりさんがいう。
 彼らはふたりとも懐中電灯を持っていて、あんな事件の後だから、公園内を重点的に見回りしていたのかもしれない。

 「すいません。二人だから大丈夫かとおもって」と、冴子。

 「でも、最近物騒だから、家まで送っていってあげるよ」

 眼鏡をかけているほうのおまわりさんが懐中電灯をかちっとつけると、行き先が照らしだされた。どうやら、親切にも家までついてきてくれるらしい。
 でも、あたしは・・・・・。
 
 「すいません」

 あたしが断るより先に冴子がOKしてしまった。

 「・・・・・・・」
 
 おまわりさんに先導され、公園の中心、一番人気のない場所にさしかかった。
 夕方、学校を出るときにシャムシールのごとく光り輝いていた月は恐ろしい勢いで流れはじめた雲に隠されようとしている。
 そのうえ、うるさいくらい鳴いていた虫の音も聞こえない。まるで、これから起こる出来事に身を潜めたみたいに・・・・。
 あたしは次第に熱さを増していく右手を渾身の力で握り締めた。

 「冴子。あの人たち、なんかおかしい。逃げるよ」

 あたしは小声でそういうと、冴子の手を引いて走り出そうとした。
 でも、一足遅い。すでにまわりこまれている。

 「どきなさいよ!」
 
 あたしは行く手を塞ぐ眼鏡の警官を怒鳴りつけた。

 「なぜ、わかった、継承者。
 完全にこの男を乗っ取ったつもりだったのだがな」

 先ほどまで人間だった男が高い靴音を立てて、不気味な笑いとともに近寄ってくる。

 「さぁね。女の勘とでも答えておこうかしら」

 本当は違う。こいつらは人間だったら必ずすることをしなかった。
 まばたきを ―――― 。
 けれど、それを敵に教えてやるほど、あたしは親切じゃない。

 「ふふっ。まぁいい。
 久しぶり、と挨拶するべきかな、継承者殿」

 のっぽの警官が後から声をかけてくる。
 あたしは今、エティエンヌが教えてくれた“ゆらぎ”がひとつの大きな意思であるということを目の当たりにしていた。まるで、ひとつの生物が二つに分裂したかのように交互に話してくる。
 
 「そうね。でも、またお会いできて光栄、とはとてもいえないわ」

 そう軽口を返しながら、あたしはずっと奴らの隙をうかがっていた。
 こうなることがわかっていて、エティエンヌと仲違いしたあたしはここで殺されても仕方がない。けれど、冴子だけは・・・・・。何の罪もない冴子だけはどうしても助けてやりたかった。

 そんな願いも空しく、なんの隙も見出せないまま、包囲網は狭まりつつある。
 とうとう、あたしたちは大きな欅の木に追い詰められてしまった。
 あたしの背中を冷たい汗が幾筋もつたう。
 万事休す ―――― 。
 その言葉はまさにこういう状態をいうのだろう。
 あたしは心の中で冴子に詫びながら、ただそのときを待つしかなかった。

 刹那、冴子が叫ぶ。

 「呼びなさい、緋奈。あんたの騎士を。
 エティエンヌ・ステファン・ド・ヴィニョールを呼びなさい!」

 ああ、そうだ。あたしにはエティエンヌがいたんだっけ。
 彼が愛想を尽かしきってなければ、おそらく来てくれるだろう。
 あたしはまだ、隠れきっていない月に向かい、右手を大きく振り上げた。すぐにオリーブの徴からまばゆい光が溢れてくる。

 「智天使(ケルビム)の長。神の英雄の名を持つ聖天使ガブリエルよ。
 あなたの導きにより、我が騎士を降臨させたまえ。
 エティエンヌ・ステファン・ド・ヴィニョール。大好きだから来てぇええっ!」

 あたしはエティエンヌを希(こいねが)った。
 それにしても、このこっぱずかしい呪文。絶対、エティエンヌの嫌がらせよね。
 もう・・・・だから、なるべく呼び出したくなかったのよ。
 
 ゴォォォォォー!

 エティエンヌがガブリエルの送り出す風とともに現れる。
 
 「遅いですよ、緋奈。わたしを呼び出すのが本当に遅すぎます!」

 エティエンヌってば、久しぶりに会ったっていうのに第一声がそれなの。
 でも、盛大に文句を言われても、彼の出現にほっとしている自分がいて・・・・・。
 
 「そう思ったんだったら、自分から出てきたらいいでしょうが」

 あたしはやっぱり、いつもの調子で言い返していた。

 「やだ、あんたたち。こんなときまで口げんかしないでよ」と、冴子。

 「そうですね。そちらのマドモワゼルのいうとおりです。
 いきますよ、緋奈!」

 そういいながら、エティエンヌが渡してくれたのは例のレイピアだった。

 「えっ、これ・・・・?
 こんなんで切ったら、乗っ取られたおまわりさんたちまで死んじゃうじゃないの!」

 あたしはレイピアをすらりと鞘から抜き放つと、答えた。

 「いいえ。その剣が人を傷つけることはありません。
 傷つけることが出来るのは・・・“ゆらぎ”だけです」

 そんなこといってもさ。こんなもん使ったことないんだけど・・・・・!
 あたしはすがるような視線をエティエンヌに向けた。
 それなのにエティエンヌってば、何してたと思う?
 金輪際、あたしに見せた事のない優しそうな笑顔で「怖かったでしょう」とかいいながら、冴子の肩を抱いてんだよ!
 
 「ゆるせないっ・・・・・!!!!!」 

 生まれてからこんなに腹が立ったことはない。
 でも、うってつけというか、怒りの矛先は目のまえにある。まんま、ぶつけないわけないよね。
 
 カランと大きな音を立てて鞘をおとす。
 あたしはレイピアを両手で掴むと、“ゆらぎ”に突っ込んでいった。

 ザシュッ・・・・。

 大きく、放物線を描くレイピア・・・・・。
 あたしの放った一撃は眼鏡の警官の肩先をかすめていった。
 けれど、ヤツが顔をしかめても、警官の身体からは一滴の血も流れない。
 ふぅん、なるほどね。
 それなら、さくさくいかせてもらおうじゃないの。自慢じゃないけど、身の軽さには自信があんのよ。
 あたしは時代劇の侍のごとく、レイピアを正眼に構えた。

 「こざかしいぞ、継承者。ジャンヌの剣「ラピエール」などとは」

 「ふん。この際、なんだっていいわ。あんたたちをぶち殺せるならね」

 あたしは口唇を舌先でぺろりと湿らすと、“ゆらぎ”めがけて、だっと走り出す。
 ベンチを踏み台に大きくジャンプし、レイピアを袈裟懸けに振り下ろした。

 ザン・・・・・。

 決まった・・・・!
 眼鏡の警官は操り手を失ったように後方へ崩れおちていく。
 あと、一人・・・・・。
 あたしは溜め息もつかず、のっぽの警官との間合いをつめていった。

 「思い上がるな、継承者よ。
 おまえはわたしの怖さをいまだ知らぬ・・・・・・」

 そういうと、“ゆらぎ”は懐中電灯を放り投げ、警棒を腰からはずした。
 ふん。レイピアと警棒、どっちに分があるとおもってんの。
 あたしはなおもレイピアを正眼に構えたまま、攻撃のチャンスをうかがった。
 
 じり、じり・・・・・。
 何の音もしない、切りとられた空間 ―――― 。
 お互い、隙を見つけられず、時間ばかりが過ぎていく。
 頭の奥が緊張の連続に耐え切れず、キーンと音を立てる。それでも、言い聞かせる。最初に動いたほうが敗者となるのだと・・・・・。

 空気がブワンと動く。
 耐え切れずに動いたのは向こうが先。
 銀に光る警棒であたしの腰を薙いでくる。
 あたしはそれを後方に跳んでやり過ごす・・・・・。

 えっ・・・・・。
 あたしはスローモーションになっていく視界の中で、警棒が長く長く伸びていくのを見つめた。
 伸縮式だったの!?
 ステンレス製の警棒は大きな弧をかき、左腰をわずかに叩いていった。
 もし、後一秒でも気づくのに遅れていたら、腰をしたたか殴られていただろう。それでも、打たれたダメージは軽くない。

 「痛っ・・・・」
 
 痺れるように痛む腰をかばうように膝をつく。
 
 「あ・か・なっ・・・・・!」

 冴子の絶叫・・・・・・!
 でも、今の状態ではジャンプするどころか、走ることすらできない。
 どうするのよ、緋奈。
 そうね。この痛みだと繰り出せるのは後一撃。
 ・・・・だから、決めるわ!

 あたしはレイピアをささえに立ち上がると、薄ら笑いを浮かべている“ゆらぎ”をギリリと睨んだ。
 ヤツが走り出す。
 弱った獲物をいたぶるのがよほど楽しいのだろう。恍惚の表情さえ浮かべて・・・・。
 2メートルほどに伸ばした警棒を真上から叩きつけようとする。

 「死ね!継承者」

 ダン・・・・・!
 
 警棒がむなしく地面を打つ。
 あたしは一呼吸先にターンしていた。“ゆらぎ”が地面を打った瞬間、ヤツの右側につけたあたしは起き上がりざま、左足から胴体を切り上げていた。

 ザシュッ・・・・。

 『まさか』という顔・・・・・。
 けれど、もう遅い。決着はすでについている。
 
 「The Endってとこかしら」

 あたしがそういい終えた瞬間、のっぽの警官は後ろ向きに倒れていった。
 
 「緋奈・・・・!大丈夫?」

 冴子が駆け寄ってくる。
 あたしは冴子の肩とレイピアをささえに何とか立ち上がった。
 けれど、けしてエティエンヌのほうは振り向かない。

 「あんたにはがっかりしたわ・・・・」

 あたしはそれだけをいって、踵をかえそうとした。
 瞬間・・・・・。

 バチーン・・・・!

 頬の上で大きな音が鳴った。
 あたしはわけがわからずに大きく眼を見開いた。

 「冴子・・・・・?」
 
 まるで、なにかを堪えるかのような冴子の顔。

 「緋奈。あんたには眼がないの?
 あんたの騎士さまはあんたが戦ってる間中、ずっと心を痛めてた。あたしはそれを見てたのよ。今だってそう。あんたのこと、死ぬ程心配してるわよ!」

 冴子はまだ、欅の大樹の下にいるエティエンヌを指さした。
 
 「エティエンヌ・・・・・」

 あたしは自分の騎士を見つめた。エティエンヌは「なんですか」という顔を向ける。
 どうやら、あたしの騎士はとことん素直じゃないらしい。仕方ない。今日はあたしが折れてやるか。
 「エティエンヌ。早く来ないとおいてっちゃうよ!」

 あたしはおいでおいでをしながらいった。
 エティエンヌはまだ、なにやらぶつぶついっていたが、仕方なさそうについてくる。
 一番目の月が西に傾き始める頃、あたしたちはようやく家路へついたのだった。
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