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聖杯を抱くシュヴァリエ〜Impossible Love〜6

第2章 再会はマチネーのごとく @

   T

『Bluest blue in blue.』 

 青の中の青 ―――― 。
 遠いギリシャのガイドブックを見ながら、母さんがいった言葉。
 あの時、おそらく母さんはエーゲ海とダブらせていたに違いない。
 自らの騎士の瞳を ―――― 。
 海は空の色を映す。
 だとすれば、エティエンヌの真っ青な瞳は一体、何を映しているのだろう。
 あたしははるかフランスに続いている青空を見上げた。

 「なぁに、辛気臭い顔してんのよ」

 「冴子・・・・・・・!?」

 「おりょ!?もしかして陸上部に意中の彼でもできた?」

 冴子はあたしの視線を眼で追うといった。

 「・・・・・・・」

 確かにこのポジションは放課後、陸上部の練習を熱く見つめるにはうってつけである。あたしは自分が教室の窓際の机に頬杖をついたまま、ずいぶんと長い間、外を眺めていたことに気づいた。
 けれど、あの中からどうやって意中の彼を見つけろというんだろう。芋や南瓜ならスーパーで選んだほうがものすっごく手っ取り早いとおもうけどな。
 そんなあたしの気持ちを正確に読み取ったのか冴子は、
 「そりゃ、あんたの騎士さまと比べちゃ、日本の男なんて芋か南瓜よねぇ」と、冷やかすようにいった。

 「なっ!あいつがいいのは顔だけよ。ちょー激悪な性格してんだから」

 それに・・・・・エティエンヌはきっと、あたしのまえに二度と姿を現さないだろう。5日まえ、あんなに傷つけてしまったのだから。

 あれから ―――― 。
 東京まで出かけていったうえ、エティエンヌとさんざんやりあって疲れたあたしはその晩、さっさと床についた。もちろん、次の朝はぎりぎりまで寝ている予定なのはいうまでもない。
 早朝、人の髪を何度もひっぱるヤツがいるから、誰かと思えば、あのちょー心臓に悪い顔がどアップ!

 『緋奈。何度、起こされれば気がすむのです!
 そんなことではジャンヌの継承者は到底、務まりませんよ』

 しかも、朝から妙にテンション、高いしね。

 『なんだぁ・・・・・。エティエンヌじゃない。
 ほら、まだこんなに暗いよ。一緒に寝よ』

 あたしはエティエンヌの首を掴むと、布団の中に引っぱり込んだ。
 だって、寝ぼけてたんだもん。起こされるのはやだったし。エティエンヌも一緒に寝かせてしまえば、これ以上睡眠を妨害されないと思ったのよ。

 『これは・・・・・積極的なお誘いですね』

 というと、エティエンヌはあたしに首を抱かれたまま、頬に口づけた。そして、空いているほうの手でパジャマのボタンを外し、そこに顔をうずめてくる。
 そこまでされてようやくあたしは目を覚ました。エティエンヌを自分から引っぺがすと、あわてて飛び起きた。

 『何すんのよ!』
 
 『何って。あなたがお望みになったのではありませんか?』

 『の、望んでるわけないでしょう。エティエンヌのバカ!』

 あたしは外されたボタンを急いではめると、思わず両胸を手で覆った。だって、なにげにノーブラだったんだもん。

 『なら、さっさと起きなさい!』

 エティエンヌの怒鳴り声が狭い部屋いっぱいに響く。

 『あんた、わざとやったでしょ?』

 あたしは毛を逆立てた子猫のようにエティエンヌを睨みつけた。

 『あたりまえです。
 あなたのようなお子ちゃまに手を出すほど、女性に不自由していません!
 そんなことより、緋奈。わたしのファクリティが欲しいなら、着替えてさっさと外に出なさい』

 むっかぁ・・・・!
 お子ちゃまで悪うござんしたねぇ。そりゃあ、あんたはその顔だもん、女性に不自由しなかったでしょうよ。
 でも、あたしは鼻先に人参をぶら下げられた馬、どんなに腹立たしくても、エティエンヌの言いなりになるしかないのだ。だって、ただの女子高生がなんの武器も持たずに“ゆらぎ”なんてわけわかんないのと戦えるわけないもん。

 それなのにぃいいいっ・・・・・!
 そこまで我慢したあたしにエティエンヌがくれたファクリティってなんだったと思う?
 ただのレイピア一本よ!
 あたしたちはエティエンヌが誰も近づかないようにと張った結界の中で、またもや睨み合っていた。

 『エティエンヌ。・・・・・悪い冗談よね』

 『わたしが冗談を言う性格に見えますか?
 それに・・・これはただのレイピアじゃありません!」

 『へぇ〜。ただじゃなきゃいくらなのよ?』

 あたしはいやみな口調でぞんざいに言った。
 でも、エティエンヌはそんなあたしにまったく取り合わない。

 『このレイピアはジャンヌのものです』

 『だから・・・・・?』

 『だから・・・・とはなんなんです。ジャンヌが遺した貴重なものなのですよ!』

 エティエンヌはいっそう声を荒げた。

 『ジャンヌ・・・ジャンヌ・・・ジャンヌ・・・・・。もう、うんざり!
 そんなに彼女がやり残した使命を果したいなら、あんたがやればいいじゃない。
 この際だから言っとくけどね。あたしがあんたの言うことを聞いてんのは父さんと母さんの敵をうちたいからよ。世界を救うだの、先祖がやり残したことを果さなきゃだの、そんなことはちっとも考えてないんだから!』

 あたしは『こんなの役に立たない』とばかりにレイピアを野原に放り出した。
 夜明けのさやさやとした風が薄とエティエンヌのマントをほんのわずか乱していく。
 息が詰まるほどの長い時間 ―――― 。
 エティエンヌはひとことも口を開かなかった。
 いつもあれほど怒ってばっかりいるのに・・・・・。
 レイピアを拾い上げたエティエンヌはあたしに頭を下げると、マントをひるがえした。あの、『Bluest blue in blue』の瞳を翳らせて・・・・・。
 
 それから・・・・・エティエンヌとは一度も会っていない。


 「騎士さまとケンカしたの?あんた、ここんとこ、ずっと暗いもんね」

 冴子は頬に落ちてきた長い髪をかきあげるといった。

 「あたし・・・・たぶん・・・エティエンヌに一番、いっちゃいけないことをいったんだと思う」

 「ふぅん。なんていったの?」

 冴子は絶対に嘘やごまかしは許さない眼であたしを見つめた。
 母さんが遺したトランプのことも、そのトランプにエティエンヌがついてきたことも全て白状させられた瞳で。
 あたしはかつて、冴子と聖樹をただのバカップルと見ていた。けれど、今は若くしてただひとりの人に巡り逢えた二人をすごいとさえ思っている。
 晩生なあたしにそう思わせるほど、冴子は聖樹を想っていたのだ。
 だから、あたしはことこれに関する限り、どんなことでも冴子に隠す気になれなかった。

 「・・・・・・・。
 あんたのいうことを聞くのは世界を救うためでも、ジャンヌのためでもなくて、父さんと母さんの敵をうつためだって。
 それに・・・・そんなにジャンヌが大事ならあんたが“ゆらぎ”を退治すればいいじゃないともいっちゃった・・・・」

 あたしは血が滲むほど口唇をかみ締める。

 「あんたは本当に大バカね。
 どうして、彼が5百年以上も「導きの騎士」をやってんのかあたしは知らないわよ。
 でもね。そんなあたしでもこれだけはわかる。彼が心からジャンヌを愛していて、彼女の死を自分のせいだと思ってるってことくらいわね」

 冴子はふうと溜め息をついた。

 ジャンヌ・ダルク ―――― 。
 誰でも知っているこの歴史上の人物の右腕といわれた「ラ・イール」を調べることは容易だった。
 1443年1月11日。彼がモントーバンで死去するまで、ジャンヌを死なせたと悔やみ続けていたこともすぐにわかった。
 冴子のいうとおり、エティエンヌが何故、「導きの騎士」になったのかはわからない。けれど、恋人が死んで5百年以上、彼女の子孫を守り続けてきた、これは非常な尊敬に値する。
 いや、けして誰にでもできることではない。想像を絶するほどの精神力と恋人に対する深い愛があったればこそだろう。

 「・・・・うん・・・・」

 「なら、あんたがやるべきことはわかるわね」

 「うん。エティエンヌに謝る」

 あたしは家に帰ったら、早速エティエンヌを呼び出して謝ろうと思った。 
 それなのに冴子は次の瞬間、とんでもないことをいいだしてくれたのだ。

 「でも、よかったじゃない。
 緋奈にもやっと甘えられる人が出来て・・・・・」

 えっ!?
 あたしがエティエンヌに甘えてる・・・・・?
 あの怒りんぼ魔人に・・・・・?
 
 「冴子。それだけは天地がひっくり返ってもありえないから!」

 あたしは冴子の鼻先で手をヒラヒラさせると、開けっ放しになっていた窓を勢いよく閉めた。
 晩秋 ―――― 。
 夜の訪れは早く、すっかり暗くなった空には細い細い三日月が上がっている。
 あたしは冴子に帰宅を促すと、すっかり人少なになった校内を後にしたのだった。
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