聖杯を抱くシュヴァリエ〜Impossible Love〜5
第一章 ファティマの預言書 C
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「緋奈。あなた、性格が悪いといわれませんか?」
あたしがすっかり冷めたミネストローネをスプーンで口に運んでいると、お行儀良く足をそろえて座っている騎士さまが聞いてきた。
「はんで、ほんなほと、ひふの?」
「しゃべるか、食べるかどっちかにしてください。まったく行儀の悪い・・・・・・」
「仕方ないじゃん。死ぬほど、お腹すいてたんだから。
それに、なんであんたが他人の性格をどうこういうわけ?あんたにだけはとやかくいわれたくないんだけど」
「それはどういう意味ですか!?」
また、また一触即発の危機。
エティエンヌって『怒れるもの』という二つ名なだけあって、本当に怒りっぽいのよね。今も額にびっちり青筋を浮かべている。
「エティエンヌ。いい加減怒るの止めなよ。
あんたのせいで、少しも話が進まないじゃん」
ようやく食べ終えた食器をキッチンのシンクに下げると、あたしは彼の眉間のシワをぐりぐりと伸ばしてやった。
「だから、エティエンヌと呼ばないでくださいと・・・・・。
あっ・・・!」
また、自分が話を脱線させていることに気づいたエティエンヌは思わず、口元に手をやった。
「緋奈はわたしが導きの騎士だと気づいていたのですね。先ほど、“バカだ”といったことは訂正しましょう。
それで、何をお聞きになりたいんです?」
「全部・・・といいたいところだけど、とりあえずは『ゆらぎ』について教えて」
「いいでしょう。あれらは原初の闇より出でて、人を滅びに向かわせる存在。
緋奈、あなたは創世記を読んだことがありますか?」
エティエンヌは蒼色の瞳で、真正面からあたしを見つめてくる。
「旧約聖書の・・・・?」
「ええ。創世記の冒頭、『神が光よ、あれ』と仰せられたとあります。そして、昼と夜が別たれた。では、光は昼、闇は夜を指すことになりますね。
ですが、光を呼び、昼と夜を創っても、なおも闇は地にあふれかえっていた。そこで神は仕方なく、残った闇を地中深く封じました。
けれど、エデンから追われた人間が地に満ちると、負の感情が積もりだし、封じられた闇を呼び覚ましたのです」
「それが『ゆらぎ』?」
「はい。便宜上彼らといいますが、『ゆらぎ』はひとつの大きな意思であり、無数に枝葉のわかれた精神生命体でもあるのです」
「へぇ。でも、そんなのが何であたしを殺そうとするの?」
「それはあなたがわたしの愛した少女「ジャンヌ・ラ・ピュセル」の末裔だからです。
ジャンヌが与えられた使命はフランス一国を救う、ただそれだけのものではなく、目覚めた『ゆらぎ』を封じ、この世を平和に導くことでした。
ですが、彼女はその使命を完全に果すことができませんでした。ジャンヌがしとめ損ねた『ゆらぎ』は再び力をつけ、勢力を拡大しはじめたのです。
いいですか、緋奈。彼らはこの地球を原初の混沌とした闇の世界に還したいと願っているのですよ」
彼の話はあまりにも荒唐無稽だった。エティエンヌの口から語られるのでなければ笑い飛ばしたいほどの。でも、彼がここに存在する、それがなによりも真実であることの証しなのだ。
「エティエンヌ。あたしにはなんの力もないわ。どんなに父さんと母さんの敵を討ちたいと願ってもね」
あたしはテーブルに眼を落とすと、血がにじむほどにこぶしを握り締める。
「いいえ。力はすでにあなたの中に・・・・・。トランプがあなたの助け手となるでしょう」
そういうと、エティエンヌはトランプのふたを開け、カードをテーブルにザラリと広げた。
そこから、白く長い指でハートのジャックを選び出す。
「これはわたしのカードです。
いいですか、このトランプの各スート(トランプのマーク)、ジャック、クイーン、キングにはそれぞれルーラー(支配者)がいて、あなたのエナジーが満ちるごとに新しいファクリティ(能力)を授けてくれます。そして、すべてのエナジーが満ちれば、全部で12のファクリティを得ることができるでしょう」
「ふーん。どんなファクリティが得られるの?」
「さぁ・・・・それは得たときのお楽しみということで・・・・・。
それより、ハートのジャックのファクリティを欲しくはありませんか?」
「く、くれるの?」
「ええ、今のままでは丸腰で敵に立ち向かうようなもの。
お立ちなさい、緋奈」
エティエンヌはおそるおそる立ち上がったあたしの前にうやうやしく跪く。
「巡れ、因果律!神の英雄、聖天使ガブリエルよ。この者をサクセサー(継承者)足らしめよ!」
虚空に振り上げた彼の左手からおびただしい光が溢れ出していく。
エティエンヌはあたしの手を額に押し頂くようにしてから、手のひらの中心に口づける。すると、彼の口唇が触れた場所に小さな刻印が刻まれた。
「オリーブ・・・・・?」
「はい。オリーブは聖天使ガブリエルの標です」
「ふーん。それはいいんだけどさ、あんたいつまでキスしてんのよ」
「イヤですか?」
上目遣いの、潤んだ瞳でみつめられて、あたしは考えられないほどドキマギしてしまう。
「イヤって、あんた・・・・・」
エティエンヌはとっさに引っ込めようとしたあたしの手を強引につかむと、中心からゆっくりと舐めあげた。それだけのことなのになぜだろう、指先からは甘い痺れが広がっていく。
「あっ・・・・だめっ・・・・」
「感じてしまいましたか?」
うっ。絶対こいつ、あたしで遊んでる。
まったく、なんつう騎士さまだ。つくづく先が思いやられるわ。
「エティエンヌのバカ!このセクハラ親父!」
あたしが掴まれた手を振り払いながら罵ると、エティエンヌは、
「セクハラ親父とはなんですか!わたしは女性からそんな言葉を頂いたことはありませんよ」と、こめかみをピクピクさせながらいった。
「なによ、少しばっかり顔がいいからって。
大体、あんた何百年生きてんのよ!親父なんていってもらえるだけありがたいと思いなさいよ!」
すぐさま、あたしが言い返すと、エティエンヌもあの性格だ、少しも黙っちゃいない。
「あなたは今までの継承者の中で最悪の礼儀知らずですね。
そんなことではこれからもずーっと、恋人が出来ませんよ」
エティエンヌ・・・・・!あんた、この世で一番、口にしてはいけないことをいったわね。
あたしとエティエンヌは長い間睨みあった末、ふんとばかりに顔を背けあった。
どうやら、あたしたちの相性は前途多難に最悪である。
あたしはエティエンヌがくれたファクリティがなんなのか確かめることも忘れて、再びお腹がすいてくる時間まで、えんえんとやりあったのだった。