聖杯を抱くシュヴァリエ〜Impossible Love〜2
第一章 ファティマの預言書 @
第一章 ファティマの預言書
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『KEEP OUT』
黄色いテープの内側 ――― 。
あたしはまだ煙が燻ぶっている焼け跡に“それ”を見つけた。腰をかがめて“それ”を掴むと、手のひらでぐしゃぐしゃにする。芳香と鉄さびの匂いが鼻をついたが、あたしは構わなかった。足元に叩きつけ、思いっきり足で踏みにじる。
“それ”の花言葉は不可能。
花に二重の意味を持たせるなんて、やってくれる。
ここに“それ”を置くことは、人間には不可能。そして、おまえが家族の敵を討つことは不可能。奴は『青い薔薇』にそう言わせたのだ。
『継承者・・・・・・』
なによ、あたしは眠いのよ。
『継承者・・・・・』
『・・・るっさい!
起こさないでよ。さっき寝たばかりなんだから』
『継承者・・・・・・』
あまりにもしつこい声に仕方なく瞼を開いた。
ありっ・・・・・・?
なによ、ここは・・・・・・。
あたしはふかふかのベッドから、天地無用の深い闇の中に堕とされていた。
しかも、目のまえにはブラックホールのような大きな渦がある。どうやら、この渦があたしをたたき起こしてくれた張本人らしかった。
『あのさ、なんだかしんないけど、用があるなら早く言ってくんない。
明日から修学旅行だし、早めに寝ときたいのよ』
わけがわからぬまま、寝起きの不機嫌さをぶつけた。
『・・んぐるううぅっ・・・・・・!』
ブラックホールはあたしの生意気な態度に怒ったのか、突然凄まじい回転を始めると、大きく唸り声をあげた。それでも、あたしはこれを夢だと思っていた。自分が、紫堂緋奈(しどうあかな)がこんな想像力を持っているはずないのに。
『・・・・用か。
ふん・・・・お前はただの人間だな。
・・・・・・の血など少しも感じられぬ。
だが・・・・・・人間の世界には、念には念を入れろという言葉がある』
今から考えれば、絶対優位を確信した言葉だったと思う。
でも、このときのあたしは言われた言葉を考えるより、こいつの視線にただ、ただ、怯えた。
まるでストーカーの、こっちをものとしか見ない、粘りつくような視線に・・・・・。
『なによ!
用があるなら、ちゃっちゃっといいなさいよ!』
あたしはせいいっぱいの虚勢を張った。人を呼びつけておいて、勝手なことを言うヤツに弱みなんか見せたくなかったから。
だが、いつまで待っても、お化けからの返事は返らない。それどころか、急激に足元が崩れる感覚がした。
『ちょ・・・ちょっとっ。・・・・・い・いやぁあああっ・・・・・!』
あたしは蟻地獄に落ちる蟻のように、バタバタとあがきながら、奈落へと落ちていった。
ブラックホールのお化けは腹の立つことに、あたしを暴力的に眠りの奔流に戻してくれたのだった。
「おはよ!」
寝不足で痛む頭をかかえながら、ダイニングテーブルにつく。そこにはいつもどおりの朝が展開されていて、あたしをほっとさせる。
新婚さんのようにいちゃつくスーツ姿の父と母。皿まで食べそうな勢いで、朝食を食べる生意気な弟の聖樹。
動物園の熊みたいな父さんが乗せてくれる、端の焦げた目玉焼きは見事にあたし好みの半熟で、今日もこれからと同じ日が続くことを疑わせない。
悪夢だと思ってしまえばいい。そうよ、あれは絶対に悪夢。必死に言い聞かせる。
「なんだ、緋奈、めずらしいな。おまえが食欲ないなんて」
目玉焼きをフォークの先でつついていたあたしに父さんが不思議そうに声をかけてくる。
「ちょっと・・・眠れなかっただけよ」
あたしは顔をあげると、父さんを安心させるために少しだけ笑った。
もし、父さんに夢の話をしたら、『ただの夢だよ』といって、豪快に笑い飛ばしてくれるだろう。
だが、あたしはあれをただの夢だと思うことは出来なかった。何故と問われれば、なんとなくという返事しか出来ないけれど。
「姉ちゃん。修学旅行が楽しみで眠れなかったんだろ?
子供みたいだかんな」
「・・・・・・・。(怒)
聖樹、あんたってほ・ん・と・う・に可愛いわね」
あたしは聖樹の頭をげんこつでぐりぐりすると、ヤツがバターを塗り終えたばかりのトーストを取り上げてやった。
「姉ちゃん、なにすんだよ!」
必死にトーストを取り返そうとしている聖樹の頭をなおもテーブルに押しつけてから、ダメ押しとばかりにパンにかじりついてやる。
すると、テーブルのうえからくぐもった声で、
「ったく・・・・そんなことばっかりしてるから、男ができないんだよ!」
うっ、こいつ、人のいちばん痛いところをつつきやがって。おまえには絶対おみやげ、買ってきてやらないからね!
「聖樹くーん、いい!?お姉さまはね、選んでるの。
あんたみたいなお子ちゃまにはわからないでしょうけどねぇ」
ふん。中坊のくせに、年上の女と付き合ってるこいつは子供といわれるのを一番嫌う。
思ったとおり、聖樹は顔を真っ赤に染めていた。まるで、酸に触れて赤色反応を起こす、リトマス試験紙みたいに。
「お子ちゃまって言うな!
姉ちゃん、ほんとは俺がモテモテだから、やっかんでんだろう?」
聖樹はそういうと、『悔しかったら、男つくってみろ』といわんばかりに鼻先でふふんと笑った。
こいつめ、本気で可愛くない。今日こそ、あんたに姉に対する礼儀をとことん叩きこんじゃる。
あたしはばしんとテーブルを叩いた。
「あんたたち、いいかげんにしなさい!」
さっきから、ダイニングテーブルを占領して、ノートパソコンを叩いていた母さんは立ち上がりざま、こっちをギロリと睨んだ。
うっ、こわっ!
あたしは、いやあたしと聖樹は昔から母親がこの世で一番苦手である。
なぜかといえば、この『パンがなければ、お菓子をお食べ。ほっほほっ!』的な視線を向けられると、むやみに謝りたくなってしまうからだ。
おそらく、幼児期にトラウマになるようなことがあったのだろう。だが、それをほじくりかえすつもりはこれっぽっちもない。
「「母さん、ごめんなさい」」
あたしたちはクソがつくくらい丁寧に謝ると、そっぽを向き合いながら、朝食を続けた。
その時ちょうど、キッチンから出てきた父さんが時計を指差す。
「緋奈、もう八時だぞ!
冴ちゃんが待ってるんじゃないか?」
えっ、もうそんな時間?
あたしは奪い取った残りのトーストをあわてて口のなかに放り込むと、制服のジャケットを掴んだ。
「聖樹く〜ん。
愛しの冴子になにかお伝えしましょうか?」
聖樹をからかいながら、すばやくジャケットに袖を通していく。
こいつの彼女とは腹立たしいことにあたしの親友で、聖樹は昔から冴子にぞっこんだったのだ。
「毎日、電話するからって伝えて!」
聖樹はものすごい勢いで朝食をかたづけながら答える。
うっ!まったく、今時の若いもんは恥じらいがないのかねぇ。人前でも平気で冴子といちゃいちゃするし・・・・・。
はぁ・・・・・なんだか急に年をとったような気がするわ。
「緋奈。本当に遅刻するぞ!」
父さんにもう一度せきたてられて、あたしは旅行バックを手に玄関へと向かう。
「いってきます!」
と、いいながら、冴子と待ち合わせたセブンへ全力疾走する。時間にきっちりしている冴子はイライラしながら待っているだろう。
急がなきゃ・・・・・!
それなのに、あたしの足は何故か歩みを止めてしまう。
振り向いた先には5年前、両親が建ててくれた家。犬を飼おうという約束はのびのびになったままだけれど。それでも、大切なたったひとつの我が家。
この時のあたしは、悪夢を不安がりながらも、まさか、家族に『ゆらぎ』の手が伸びるとは考えてもいなかった。
もちろん、これが我が家を見る最後になるなど頭の片隅にもない。あたしにとって日常とは、退屈に平和に変わりなく、流れていくものだったから。
九月の雨 ――― 。
あたしは生まれてからこれほど、雨を冷たいと思ったことはない。
肩を抱いて、身体をぶるっと震わせる。まるで氷雨のごとく、芯の芯まで凍りつかせるよう・・・・・。
「いやぁあああっ・・・・・・!」
力をなくした腕から、バックが水溜りに落ちる。それさえも気づかない。目のまえの惨劇ゆえに・・・・・。
古の都、京都&奈良。
四泊五日の修学旅行から帰ってきたあたしが見たのは、すっかり焼け落ちた我が家と、真っ黒焦げになった父母の姿だった。
もし、強風による新幹線の遅れがなかったら、あたしも両親と一緒に灰になることが出来ただろう。
警官の制止を振り切って、焼け跡に入ったあたしは我が眼を疑った。
かつて、リビングだった場所に一輪の青い薔薇。全てが死に絶えた奥津城に瑞々しいそれは、かえって禍々しくて・・・・・。
「まさか・・・・・」
思わず、口から滑り出た言葉が犯人を教える。
『念には念を・・・・・』
ヤツはあたしを抹殺するために紫堂家を焼き払ったのだ。だが、新幹線の遅れのせいで、ターゲットを殺し損ねてしまった。それが悔しかったヤツは嫌味な挑戦状を叩きつけてきたに違いない。青薔薇の花言葉まで使って・・・・・。
ただ、ひとつだけ不可解なことがある。どんなに手を尽くしても、聖樹がみつからなかったことだ。父母はお互いを庇いあうように折り重なって、焼け死んでいたというのに。
いつもの帰宅時間、遺留品などから聖樹は家にいたはずで。もし、出かけていたとしても彼はすぐ、家に戻ったろう。ラブラブな彼女の帰りをあれほど、待ちわびていたのだから。
けれど、一週間がたっても、聖樹はあたしのもとに帰らなかった。