聖杯を抱くシュヴァリエ〜Impossible Love〜10
第3章 智天使(ケルビム)は深く溜め息をつく @
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今年何度目かの木枯らしが足元で、小さなつむじ風をつくる。
一歩歩くたびに銀杏だの、紅葉だのの葉っぱがまとわりついて少しだけうざったい。
あたしと冴子は暗くなるまえに辿り着こうと、足早に歩いていた。
目的地は西城公園。
もちろん、「幽霊の集会」の噂を調査するためだ。
友香に幽霊と聞いた時点ですっかり腰が引けていたのに、それでもこうして出かけてきたのは隣にいる怖いお目付け役のせいなのはいうまでもない。
そりゃ、あたしだって“ゆらぎ”の情報は欲しいのよ!
でも、根っから幽霊が苦手なあたしが尻込みしちゃうのを、少しくらいわかってくれてもいいと思うの。
あたしはここまで引きずるように連れて来た冴子の横顔を上目遣いに覗き込んだ。
けれど、冴子の顔は恐ろしいくらい真剣で。薔薇色の口唇をきゅうっと真一文字に結んでいる。
あたしはこのとき、冴子は本当に聖樹を想ってくれているのだな。
ほんの少しでも生きているという手がかりが欲しいのだなと考えたのだけれど、何故冴子が“ゆらぎ”と聖樹を結び付けて考えているのかに思いが及ばなかった。
彼女が薄氷(うすらい)を踏むような気持ちで毎日を過ごしていることなどは、もちろんのこと。
それでも、自分の甘さを冴子の横顔に思い知らされたようで。あたしは強い北風に吹っ飛びそうになったマフラーを巻きなおしてから、口を開いた。
「ねえ、冴子。エティエンヌは“ゆらぎ”のことをこういっていたの。
『ひとつの大きな意思であり、無数に枝葉のわかれた精神生命体でもある』って。
もし、幽霊の集会が“ゆらぎ”の仕業だとしたら、おかしくないかな。
だって、彼らがひとつの意思なら、コンタクトを取り合う必要なんかないじゃない!」
あたしは友香に幽霊の集会の話を聞いてから、ずっと不思議に思っていたことを冴子にぶつけた。
すると、冴子はすうと目を細めてから、こっちを振り返る。
「あんたの騎士様は“ゆらぎ”を無数に枝葉の分かれた精神生命体だっていったのね。
うーん。だとするとこういうことは考えられない?
端末にあたる“ゆらぎ”が無数にいて、ホストコンピューターみたいな“ゆらぎ”に情報を送ってるとか。
それに・・・・・」
冴子はほんの少し言い淀んでいたが、すぐに思い切ったように続けた。
「もしかしたらというか、あくまでもこれは仮説なのよ。
“ゆらぎ”はまだ目覚めたばかりで、本来の力がでないんじゃないかしら?」
あたしはごくりと喉を鳴らした。
さすが冴子である。あたしが考え付かないことを次から次へと思いつくのだから。
エティエンヌはジャンヌが退治し損ねた“ゆらぎ”が再び力をつけはじめたのだといった。だとすれば、“ゆらぎ”が目覚めたばかりだという冴子の説は的を射ている。
それに・・・・警察官をのっとった“ゆらぎ”が『おまえはわたしの怖さをいまだ知らぬ』といっていたではないか。
「うん。あたしも冴子の説に賛成だな。
“ゆらぎ”はかのジャンヌ・ダルクでさえ、敵わなかった相手なんだもの。
ふつうの状態であれば、あたしなんかが相手になるわけないよ!」
あたしはとたん、自分の言葉に背筋が凍りつくのを感じた。
けれど、それと同時にひとつの疑問が浮かぶ。
―――― ジャンヌは全てのファクリティを得ていたのだろうか ――――
もし、それでも負けたのなら・・・・・。
最悪の想像に言葉を失って立ち尽す。
冴子はそんなあたしを心配そうに見つめると、
「なら、緋奈。
“ゆらぎ”が力を取り戻さないうちに叩き潰してやればいいじゃないの!」と、強い口調でいった。
冴子のいうことはわかる。けれど、あたしの持つファクリティはひとつっきり ―――― 。
そのうえ、相棒であるエティエンヌとは喧嘩ばかりだ。
今のままでは到底、父さんと母さんの敵など取れるわけもなくて。
あたしはようやく着いた目的地。主婦がバラバラにした夫の片足を投げ捨てたという『守ヶ淵』の淀んだ水面を見つめるといった。
「ねぇ、冴子。どうしたら、エティエンヌともっと仲良くなれるかな?」と。
◇ ◇ ◇
西城公園 ―――― 。
その名は戦国時代、小さな出城があったことが由来らしい。
隣接する『守ヶ淵』は公園を作る際、市の名前を取って新たに『山手池』という名がつけられたのだが、誰もその名で呼ぶものはいない。変らず『守ヶ淵』と呼ぶ。
何故なら、竜神様に生け贄として捧げられた娘達が沈んでいるという『守ヶ淵』は霊感のないものでも肌が粟立つほど強力な霊感スポットだからだ。
言葉を変えていうなら ―――― 『場』。
もし、幽霊の集会が“ゆらぎ”の仕業なら、闇の化身である彼らはこの場所と相性がいいのかもしれない。
次第に熱を帯びてきた右手をあたしは強く握り締める。
「そうね。Hでもしたら?といいたいところだけど。それは不可能だしねぇ」
あたしの声が聞こえなかったのだろうかと思うほど、長く間を空けた後に冴子。
「えっ?どうして・・・エティエンヌとそのぅ・・・ごにょごにょ・・・できないの?」
あたしは一瞬で赤くなった顔を悟られないように俯くと、小さな声で尋ねた。
だって、実はあたしもそうするのが一番手っ取り早いかな、なんて考えてたんだもん!
すると、冴子はしかめっ面をしてみせてから、少しだけ声を尖らす。
「緋奈。あんた、ちゃんと神原さんの話を聞いてたんでしょうねぇ!
ファティマ、第3の預言は『ゆらぎの出現と救世の乙女』だったでしょうが。乙女ってわざわざ注釈つけるくらいなんだから、“ゆらぎ”を倒すまで「処女でいろ」ってことだと考えてちょうだい。
それに・・・・・・。
そりゃ、あんた達が仲良くなるのいいことだし、あたしも賛成よ。相棒とのコミュニュケーション不足で“ゆらぎ”に負けました、なんて笑い話にもならないもの。
でもね、これだけは忘れてはいけないわ。あんたが“ゆらぎ”を倒したら、彼とは別れなければならないんだってこと。だって、この世に“ゆらぎ”がいなければ、『導きの騎士』なんて必要のないものなのよ。
いずれ別れる定めのあんたたちが深い仲になっても、お互いが傷つくだけでしょう?
それでなくてもあんたはすでに、彼が気になってたまらないっていうのに・・・・・」
ヘドロで底が見えないほど澱んだ、守ヶ淵から渡ってくる腐臭交じりの風を避けながら、冴子が爆弾発言をする。
あたしはそれこそ、顎が外れるほどぽかんとしてしまった。
「あ、あたしがエティエンヌを好きぃいいいっっ・・・・・!」
冴子のいうとおり、あたしはエティエンヌと離れるときが来るなんて考えたことがなかった。現状じゃ“ゆらぎ”を倒せるかどうかすらわかんないし。
でも・・・・もし、“ゆらぎ”を倒すことが出来たら、二度と会えないのだ、あの怒りんぼ魔人に。
そして、「青の中の青(Bluest blue in blue)の瞳に見つめてもらうことも ――――― 。
あたしはわけのわからない感情に棹されて、呆然と立ち尽くした。
「そうよ。今のでなおさら確信したわ。
あんたは彼が好きなのよ。
だって、なんとも思っていないなら「処女じゃなきゃいけない」ってところを真っ先に気にするでしょ?」
冴子は見るからに痛そうな顔で爆弾発言を繰り返した後、俄かにぬかるんだ遊歩道を渡り、守ヶ淵の反対側に出ようとした。小さな虫がわんわんと飛び交っているのさえ目に入らずに、すごくあせったように・・・・・。
あたしは何がなんだかわからないまま、冴子の後を追いかけた。
守ヶ淵は周囲500メートルほどの小さな池なので、すぐに追いつくことが出来たのだけれど。
冴子は大きな木の影に隠れて何かを凝視しているようで。あたしが追いつくと、しいっとばかりに口唇に指をかざす。
守ヶ淵の西側。
夕日に輝くハニーブロンド。
その肩に届くか、届かないかの金髪の持ち主はなんと、今朝の転校生『シャルル・アントワーヌ・モレシャン』その人で。あたしはますます熱さを増した右手と彼とを見比べながら、そっと小首を傾げたのだった。
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