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公孫樹〜花鎮祭〜B

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『世の中に絶えて桜のなかりせば 春の心はのどけからまし』  
                                在原業平
【訳】 世の中に一切、桜というものがなかったら、のどかな気持ちで春を過ごせるだろうなぁ。

 昔の人は、うまいことをいったものだと思う。
 確かに桜などなければ、花見を口実に浮かれ騒ぐ連中もいなかっただろう。
 あたしは、割り当てられた場所のゴミを掃き寄せながら、地面にほうきを叩きつけたくなっていた。


 総面積、九七ヘクタール。
 東京ドーム二一個分の広さの国指定史跡“古墳記念公園”。
 昭和五三年、九つある古墳のひとつから、教科書にも載っている金錯銘鉄剣が出土し、一躍脚光を浴びたが、市民にとっては、ただの花見の場所でしかない。

 だが、今は、花見の場所であることが、最大の問題なのだ。
 あたしが通う私立青藍(せいらん)学園の理事長は、なぜかボランティアに熱を入れていて、ゆとり教育が実施された際にできた『総合的な学習』をすべてボランティアの時間としてしまった。
 老人ホームの手伝い、国道の空き缶拾いはいうに及ばず、花見の時期には、古墳記念公園の清掃が全校生徒一丸となって行なわれる。
 結果、公園内は、我が校の青ジャージ軍団で埋め尽くされている。

 それでなくともだるい休み明け、月曜日の一時間目から、なぜ人様の宴会の後始末をしなくてはならないのか?しかも、こんな超いい天気の日にだ。誰だって桜に文句のひとつやふたつつけたくなる。

 だいたい、いわせてもらうなら、花見の場所である古墳記念公園は公共の場所である。絶対に居酒屋ではない。ならば、元通りに後片付けをし、ゴミは持ち帰るなりするのが常識ではないか。

 「まったく大人ってのは・・・・・・」

 あたしはぶちぶち文句をいいながら、あちこちに散乱しているお菓子の袋をゴミ袋にぶち込んでいった。
 何度もゴミを掃き寄せ、ゴミ袋に突っ込んでいくという単調な作業を腰が痛くなるほど繰り返す。
 そうして渡された四つのゴミ袋がパンパンになる頃、同じクラスの友人・沙耶(サヤ)がゴミ袋を両手に二個ずつかかえてやってきた。

 沙耶は、肩にふわりとかかる茶色の巻き髪と、舌ったらずな話し方が可愛いと評判の女の子である。
 けれど、同じ高校の男子など相手にしない。彼女の望みは、『セレブ婚』だからだ。

 「そっち終わったぁ〜〜〜?」

 相変わらず、男の脳髄を刺激する甘ったるい声。
 けれど、あたしが「あと少し・・・」と答えようとした刹那だった。
 ふいに木々がざわめき、春の嵐というには短い強風が荒れ狂ったのは。

 「きゃあッ・・・・・・!」

 目を開けていることすらできない。
 突風はわずかな時間、吹き荒れただけだというのに、はきよせたゴミばかりでなく、満開に近かった桜の花びらまで散らしていった。

 にわかに風がおさまり。
 あたしがぼさぼさになった髪をなおしていると、隣で沙耶が口をぱくぱくさせながら、ある一点を凝視していた。

 「あ、あれ、みて!」

 沙耶の指さした先。
 小山になっている古墳の上には県の天然記念物“古代桜”がひときわ美しい花を咲かせていた。つい先ほどまでは・・・・・・。

 「赤くなってる・・・・・・!?」

 目をつむったのはほんの一瞬。
 けれど、薄ピンクだった桜は、わずかなあいだに、まがまがしい色に染め上げられていた。秋の墓所に群れ咲く曼珠沙華(まんじゅしゃげ)のような赤に・・・・・・・。

 あたしたちは、いきなり心霊スポットと化してしまったおなじみの公園に、両手にゴミ袋を下げたまま、呆然と立ちすくんだのだった。

   
        V


 死んだ祖母がよく言っていた。『美しいものには魔物がすむ』のだと。
 あたしは、窓際の席にほおづえをつきながら、そんなことをつらつら思い出していた。

 放課後。
 下校時刻は、とうに過ぎている。
 昼と夜のあわい。長く伸びた影がなにかに変わって、襲ってくるようだ。
 あたしは、耐え切れなくなって、イスを引かずに立ち上がり、自分の影をにらみつけた。クラスの男子から『相良の目はきついよな』といわれる切れ長の目で。
 暗闇に何かが潜み、こちらをじっと観察している気がしたのだ。

 桜。それは美しいからこそ、夜に見れば恐怖を感じてしまう。
 たとえ、日常に闇が遠くなった現代であっても、魅入られてあらぬ世界へと誘われてしまいかねない、そんな魔性を人は桜に感じるのだろう。

 しかし、赤(あか)染(ぞ)めの桜。
 あれだけは真実、まがまがしい。
 四月も終わりに近づいているというのに、少しも散らないのだから。
それに・・・・・ひと月も咲き続ける桜なら、めずらしがってテレビニュースになりそうなものだが、かたくなな忍(おし)の人々はけしてよそ者にもらそうとしない。

 今日もひとり、高熱が下がらずクラスメートが休んだ。
 これであわせて五人。
 学園全体なら、いったいどのくらいの生徒が休んでいるのだろう。
 古代桜が赤く染められてから。
 表向き風邪という理由でだ。


 ふいに、ガラッと教室のドアが開き、
 「相良、まだ残っていたのか?」
 後から、担任教師のとがめる声が聞こえた。

 「すいません。数UBの教科書を忘れてしまったんです」

 あたしがディバックから数学の教科書を取り出して見せると、数学の教科担任でもある中年教師はあっさりとうなずいた。

 「ああ。明日小テストだったな。
 だが、相良。たちの悪い風邪が流行っているんだ。もう帰れよ」

 「はい、すみません。今帰ります」

 軽くお辞儀をした後、教師の前を通り抜け、昇降口へ向かう。
 あたしは、靴箱の前でいったん立ちどまると、黒のデッキシューズを中から取り出し、肩にかけたディバックに目を落とした。
 バッグの中には数学の教科書ばかりでなく、図書室の貸出し禁止の棚から拝借した『忍(おし)の奇談』が入っている。

 もう弱腰の大人に任せておくことなどできない。彼らは赤染めの桜をないものとして扱いたいのだ。
 しかし、明日はもっと大勢のクラスメートが倒れているかもしれないではないか。なぜなら奇病は、成人前の子供にしか発症しないのだから。
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