公孫樹〜花鎮祭(ななしずめのまつり)〜@
プロローグ
冬の間、吹き荒れた「上州名物」空(から)っ風が弱まると、春本番だ。
まず連翹(れんぎょう)、雪柳、梅に桃。鳥の形の白木蓮。
人が花粉症で鼻をぐずぐずいわせている中、見事に咲き誇る。
武州(今の東京都と埼玉県)、忍(おし)の地。
とあるベストセラー小説のおかげで、観光客が増えつつある浮き城。
その大手門脇、二十周年を迎える郷土資料館を従えるように、樹齢およそ八百年の銀杏の大樹が存在する。
黒味がかった硬い幹には、太い注連縄(しめなわ)が幾本も結ばれている。
初冬。冷たい木枯らしの吹く日、出逢った大銀杏の精は、腰まで届く黄金色の髪、大地の色をした双眸の青年。
純白の水干は骨高な容貌とあいまって、神聖さを感じさせる。
自分から呼びかけたというのに、しばらくまぶたを閉じていた樹精は、小さく溜め息をついたあと、目を開け、吐き出すようにいった。
『おまえは月姫ではないのか』
月姫とは、かつてこの浮き城に住んでいた戦国時代のお姫様。
武勇に優れていたという彼女の活躍を描いた小冊子が郷土資料館のカウンターに山と積まれ、忍の人間なら知らないものがいないほどの有名人だ。
その月姫と彼の間に何があったかは知らない。
けれど、あたしを見つめる彼の瞳には、懐かしさ以上のものが浮かんでいた。
『あたしは月姫じゃないわ!』
とっさに言い返して、すぐさま後悔する。
あたしが月姫でないことぐらい、彼だって百も承知だろう、人は、5百年も生きられないのだから。それでも、似てるものがいれば、声をかけずにいられないほど彼にとって月姫は、特別なのだ。
あたしの胸は、ちくりと痛んだ。
しかし。
なんと言葉をかけたらいいのかとわからず、言いよどんでいるうちに、激しさを増した木枯らしと冬が、彼を長い眠りにつかせてしまった。
月待主(げっとうし)という名前をあたし、“相良美月(さがらみつき)”に残して ―――――― 。
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