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FAM FATALT 「聖杯を抱くシュヴァリエ」外伝A

 幾百の、いや幾千かもしれない蝋燭に彩られたシャンデリア。
 その光を天井と壁に装飾された鏡が反照させ、真昼のごとき明るさをつくりだす。
 一体、いつ以来だろう。これほどシノンの宮廷に貴族が集うのは。
 そう、王太子シャルルと妃マリー・ダンジューの長女カトリーヌの生誕以来かもしれない。
 
 100年戦争の結果 ―――― 。
 フランスはほとんどの領土をイギリスに明け渡し、ブールジュ地方のみしか擁していない。その為、ロワールの地に立つシノン城に宮廷を移さざるを得なかったのだ。
 シノン城は元々城砦であり、交通の要所にあったが、フランス国王が宮廷を構えるほどの広さはない。
 そのうえ、1328年よりのバロア朝は王太子シャルルの父シャルル6世の時代、フランスの王位継承権すらなくしていた。
 父祖の地であるパリ奪還と王太子シャルルの戴冠。
 これが老いも若きにも共通した悲願だった。
 皆、祖国から侵略者を追い出す日を一日千秋の思いで待っている。

 今夜、仮の宮廷の、お世辞にも広いとはいえないボールルーム(舞踏会場)に集った紳士淑女の顔は一様に明るかった。
 長い冬 ―――― 。
 いかばかりか春が待ち遠しかったことか。
 それを考えれば、淑女方のきつい香水と脂粉の匂いくらいは我慢しなくてはならないだろう。
 ラ・イールはジルとともに貴族の令嬢や夫人たちに囲まれながらそう思った。
 
 刹那、今まで騒がしかったボールルームが水を打ったように静まりかえった。
 皆が暖炉の向こう側を一様に見つめている。
 ラ・イールとジルも何事かと思い、同じように顔を向けた。
 
 「あれは・・・・・」
 
 そういったきり、ジルは次の言葉が出ない。
 王太子シャルルとの謁見時、13.4の少年とみまごうばかりに黒のチュニック、レンガ色の上衣に埃で真っ白になったブーツを着用していた少女は見事なまでの淑女に変身していた。
 
 Black is Beauty ―――― 。
 その言葉通りにレディ方が黒のウープランドゥを身に纏っている中、ホワイトシルクのドレスに素晴らしく長いトレーンをひいた彼女はまるで聖女のように見える。
 小さな白百合の飾られたエスコフィオンに縁取られた少女の顔(かんばせ)は桜色に紅潮し、琥珀の瞳が興味深げに瞬く。そのうえ、柔らかそうな紅茶色の髪が零れ落ちた肩口は頼りなげで、庇護欲さえ駆り立てる。
 もちろん、ラ・イールとて例外ではない。少しの風雨さえ当たらないように守ってやりたい。けれど、彼女はそんなことのためにはるばるやってきたのではないのだ。
 ならば、自分は自分のできることをしてやるまでだ。
 ラ・イールは隣でぽかんと口を開けたままの親友をつついた。

 「久しぶりの舞踏会です。
 主賓のレディを誘うのは宮廷一の伊達男であるあなたの役目ではありませんか」

 いった傍から胸の中を凄まじい嵐が吹き荒れる。
 自分のような落ちぶれた貴族が庇護するより、ジルのような大貴族が後ろ盾につくほうがよっぽど彼女のためになる。どんなにそうおもっても、荒れ狂う嵐はおさまりそうにない。
 もし、ジルがジャンヌに眼を奪われたままではなく、ラ・イールのほうを一度でも振り返っていたなら、恐らく気づかれていただろう。嫉妬という感情を・・・・・。

 「そうだな。よし、いってくる。
 おまえもその辺の女とよろしくやってるんだぞ!」

 ラ・イールは黒貂の毛皮に縁取られたジルのマントが翻るのを見送った。
 だが、ジルのいうように他の女を誘う気になどなれない。なぜなら、ラ・イールの心はたった一人を定めてしまったからだ。
 ジャンヌの好奇心にキラキラと輝く瞳。勝気そうにつんと尖らせた口唇。彼女の何もかもが自分を魅了してやまない。

 (少し頭を冷やしてきますか・・・・・)

 このままではあの気のいい親友を憎んでしまいそうだ。
 ジルがうまいことジャンヌをダンスに誘ったのを眼の端に入れると、ラ・イールは今だ春の遠い庭へとおりていった。
 
 シノン城はヴィエンヌ川の岸辺、ロワール川との合流地点に立っている。強い川風がラ・イールの薄いマントをはためかせた。
 岩壁から暗闇に沈みこんだ町を見下ろしてみる。普段であれば、高台に建つこの城はシノンの町を一望できるのだが、夜とあってはそれは期待できなかった。
 星影だけを頼りに眼下を覗き込むと、ヴィエンヌの川面に厚い雲から顔を出した望月が映しだされていた。
 ついと眼をそらす。
 満月のおもてにジャンヌの面影が映った様な気がしたのだ。
 戸惑いは隠せない。この年で初恋などということがあまりにもおかしくて。
 軍人であるラ・イールは心が成熟するより先に身体ばかり教えられた結果、女性を愛しく思ったことがなかった。ましてや、この美貌である。皆、争って彼に抱かれたいと願ったのだ。
 けれど、ジャンヌは・・・・・・。
 初めて会ってより、ひと時も目交から離れてくれない。
 そのうえ、ジャンヌが『ポワチエの裁判』で並み居る法学者ども相手に「神の使い」であることを証明したときなど、愛しさのあまり、駆け寄って抱きしめてしまいたくなったほどだ。

 ――――  類い稀なる、得がたい女  ――――

 彼女を得られるのならば、全てを失っても構わないと思わせるほどの。
 今夜の彼女を見て、そう思う男はさぞかし増えたことだろう。聖母マリアのごとき清らかさと、少女の色香を併せ持ったジャンヌを・・・・・。
 ラ・イールは我知らず、血が滲むほどに口唇を噛んでいた。
 けれど、彼の胸にどんなに熱い恋の炎が燃え盛っていようとも、岩壁は夜が更けゆくとともに凍りつくような寒さになっている。
 
 (広間に戻って、温かいワインでも飲むとしますか)
 
 ラ・イールは踵を返そうとした。
 ふと、岩壁に自分と同じように町を見下ろしている人影を見つける。

 「ジャンヌ・ラ・ピュセル・・・・・!」

 考えられない人物がいたことに出た声は思いのほか大きかった。
 ジャンヌはゆっくり振り向くと、淡い琥珀の眼でラ・イールを見つめ返してくる。

 「あなたはジルとダンスをなさっていたのではありませんか?」

 すると、彼女はさもおかしくてたまらないといったようにくすりと笑った。

 「一人の方と何曲も踊れませんから」

 「・・・・・・・・!」

 ジャンヌの言葉からすると、自分は随分と長い時間、物思いにふけっていたようだ。なるほど、身体が芯まで凍りつくはずだ。

 「失礼しました。ジャンヌ・ラ・ピュセル」

 ラ・イールは腰をかがめると、自身の思い違いを素直に詫びた。

 「いいえ。エティエンヌ・ステファン・ド・ヴィニョールさま。
 わたしは淑女ではありませんから、そんな大仰なことはなさらないでくださいませ」

 ラ・イールは眼を瞬かせた。
 彼女の言葉にではなく、自分の名を一字一句間違えなかったことに対して・・・・・。 

 「わたしをご存知だったのですか?」

 「ふふっ。この宮廷であなたを知らない女性はいませんわ。
 それに・・・・王太子様が「ジャン・ポトン・ド・ザントライさま」「ジル・ド・レさま」とともにつけてくださった副官ですもの、よく存じ上げています」
 
 そういい終えたとたん、ジャンヌはくしゅんとくしゃみをした。
 ラ・イールはあわてて自分のマントを彼女に着せ掛ける。
 
 「これではあなたのほうが冷えてしまいます」
 
 そういうと、ジャンヌはいったん返す様子を見せたが、思いきったようにマントごとラ・イールに抱きついてきた。
 
 「これなら、二人とも寒くありませんね」といって。
 
 「ジャンヌ・・・・・・?」
 
 (何を考えているのだ。
 わたしがどんな気持ちで、あなたをジルに譲ろうとしたか知っているのか)

 ラ・イールはやんわり突き放そうとした。
 けれど、彼女の身体がわずかに震えているのを知る。
 もしかしたら・・・ジャンヌも・・・・・?
 そう思い当たったとたん、ラ・イールは情熱のままに抱きしめていた、甘くたおやかな身体を・・・・・。

 「痛いです。エティエンヌさま」

 彼女の抗議にラ・イールは少しだけ腕を緩めるといった。

 「ラ・イールと呼んで頂けませんか?
 もちろん、様はいりません。あなたはわたしの貴女(ダァム)なのですから」
 
 そう、彼女になら永遠の愛と忠誠を誓ってもいい。

 「ラ・イール・・・?・・・癇癪持ち・・・・?
 あなたは少しもそう見えないわ」

 ジャンヌは不思議そうに小首をかしげた。
 
 「ラ・イールというのは戦場でのあだ名です。軍人としてのわたしはどうやら怒りっぽいらしいのですよ。
 それに・・・・・ファーストネームの「エティエンヌ」は女の名のようですからね。戦場で日々を過ごすことの多いわたしには不似合いな名前なのです」
 
 「そうでしたか。ラ・イール・・・・」

 彼女がうっとりと己が名を呼ぶ。 
 ラ・イールは可愛らしい口唇が自身の名を紡ぐことに有頂天になった。
 
 「もう一度、呼んで下さいませんか?」
 
 ジャンヌの腰を抱くと、身をかがめて息がふれるほどに顔を近づける。

 「ラ・イール・・・・・」

 そっと口づける。最初は優しく、そして次第に深く・・・彼女の言葉をさえぎるかのごとく・・・・。

 「んっ・・・・・」

 もっと深く奪おうとして顎を掴んだとたん、息苦しさのせいで彼女が真っ赤になっていることに気づく。

 はぁ・・・はぁ・・・・・。

 長いキスから解放されたジャンヌが肩で大きく息をする。

 「あのぅ。今のはなんでしょうか?」

 無邪気な声が尋ねてくる。
 ラ・イールは上を向いて瞠目した。
 この世にキスをしたことのない17才の乙女はいても、キスを知らない乙女がいるとは思わなかったのだ。

 「口づけです」

 「口づけって、頬とか額にだけするものとばかり・・・・・」

 「それは家族間などで親愛の情を示すものです。
 今のは恋人に対する口づけですよ」

 とたん、ジャンヌの顔が違う意味で真っ赤に染まる。

 「あの・・・それは・・・・・」

 「わたしではいやですか?」

 我ながらずるいと思う。恋に慣れぬ少女に諾の返事を強要しているのだから。
 けれど、彼女の口から飛び出したのはラ・イールの予想をはるかに超えたものだった。

 「いいえ。ひと目見た時より、あなたをお慕いしておりました。
 美しい方 ―――― 。
 いえ、あなたが美しいのは姿形ではなく、心の有様です。
 未熟なわたしにも見えます。あなたが銀色に輝いているのが・・・・・」

 「ジャンヌ・・・・・」

 ラ・イールはジャンヌを再び抱きしめると、激しく口づけた。彼女が苦しいと文句を言い出すまでずっと。その柔らかくて甘い口唇を思うさま貪ったのだった。

                                              つづく

※ ウープランドゥ ≫ 中世の男女が身に付けていたワンピースのようなもの
※ トレーン ≫ ドレスの裾のこと
※ エスコフィオン ≫ 中世の女性が頭に巻いたかぶり布

 【たわごと】

 この当時のエティをジルと一緒の25歳に設定しています。
 そういえば、ジル・ド・レは、知ってる方は多いとおもいますが、シャルル・ペローの「青髭」のモデルになった人物です。
 エリザベート・バートリーとともに、中世のヴァンパイアとしてその筋の本に載っています。(笑) 
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