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FAM FATALT 「聖杯を抱くシュヴァリエ」外伝@

≪FAM FATAL(ファム・ファタル)≫現代では魔性の女と訳されるが、本来は「運命の女」の意。

 プロローグ


 いずれが月か、太陽か ―――― 。
 シノンの宮廷に二人の美丈夫あり。
 ひとりはジル・ド・レ。
 情熱的な黒髪と黒眼を持ち、皮肉げな物言いが印象的なブルターニュの大貴族。
 もうひとりはガスコーニュ地方の武人ラ・イールこと、エティエンヌ・ステファン・ド・ヴィニョール。
 彼は月光紡ぎのプラチナブロントと全てを見透かす蒼い瞳の持ち主で、不可侵な美貌をたぐい稀なる戦績とともに絶賛されていた。
 ジルとラ・イール。
 彼らは出自も見かけも少しも似たところはなかったが、血なまぐさい戦場でともに戦う戦友であり、ひとたび戦場を離れた際には気の合う親友でもあった。
 そんな彼らが揃って宮廷に伺候すれば、淑女方から溜め息の漣が立つ。
 けれど、ふたりとも今だ若く、自らの情熱を捧げるべき貴女(ダァム)とはまだ巡り逢えていなかった。

※ 貴女(ダァム)・・・騎士が終生、愛と忠誠を捧げる淑女のこと。


 第1章

 1429年、2月某日夕刻。
 シノンの宮廷は奇妙な雰囲気に包まれていた。
 伝令が救世の乙女の到着を知らせたからだ。
 みな、神から使わされたという少女が本物なのか確かめようと色めき立つ。
 王太子シャルルももちろん、そのひとりだ。
 当時、フランスは国王不在。王太子がどんなに国王の座につきたくとも、戴冠すべき土地ランスはイギリスの占領下にある。
 そのうえ、シャルルには人にいえない悩みがあった。自分が真実、前王シャルル6世の子か否かということだ。母后イザボー・ド・バヴィエールは淫乱王妃と名高く、5男であるシャルルは王弟オルレアン公ルイの子ではないかと噂されていた。
 真実、ジャンヌが神の使いなら、シャルルにとってこれほどありがたいことはない。だが、生れ落ちてよりの環境が人をたやすく信じることをさせなかった。
 シャルルは従僕と衣裳を取り替えると、自分の代わりに従僕を玉座に座らせた。

 痛いほど張り詰めた緊張感の中。
 侍従によって少女の名が呼ばれる。
 
 Jeanne d’Arc と ―――― 。

 一瞬のざわめきとともに、紅茶色の髪をした少女が現れる。まだ、幼げな顔をキッと正面に向け、琥珀の瞳をキラキラと光らせながら・・・・・。
 
 「山猿だな」

 「そうでしょうか。わたしはそうはおもいません。
 埃を落とし、衣裳を改めれば、彼女はこの場にいるどんなレディより美しくなると思いますよ」
 
 白い柱の影 ―――― 。
 注目されていないのをいいことに青年たちは救世の乙女を評した。
 青年たちとはもちろん、ジルとラ・イールである。

 「ふん。さすがレディキラーの名は伊達ではないということか。
 おまえ、戦場で人を殺しているより、ベットの上で女を殺しているほうが向いているんじゃないか?」

 「それはそれは閣下。光栄のいたりと申し上げねばなりませんでしょうか」

 ラ・イールはおどけてひざまずくと、ジルに礼をとった。
 
 「おい、ラ・イール・・・・・!」
 
 ジルが慌てた声で親友を呼ぶ。
 王座の従僕に礼をとるかと思われた少女が替え玉を一瞥しただけで、すぐ踵を返したではないか。
 彼女は貴族たちを掻き分けると、貧相な鉤鼻の青年の前にひざまずく。

 「王太子さま。神が選ばれたフランス国王はあなたです」

 女としては低い声。それが王太子を嘉した。
 どっと場が沸く。
 けれど、神の使徒の奇跡はそれだけにとどまらなかった。
 
 「あなたさまは真実、シャルル6世陛下の御子。
 王太子さま。あなたさまの左肩には黒い翼型の痣がございませんか?
 それこそが、兆候(シーニュ)。シャルル6世陛下の御子たる証でございます」

 「おおっ・・・・・!」
 
 シャルルは狂喜した。
 長年の悩みを言い当たられただけでなく、それを一瞬にして晴らされたのだから。
 正当な王太子は玉座に立つと、一同に晴れ晴れとした声で命じた。

 「ジャンヌ・ラ・ピュセルに軍勢を与える。
 神に選ばれた余はランスの大聖堂で戴冠するであろう」

 その声に貴族たちが潮が引くように次々に礼をとっていく。
 もちろん、ジルとラ・イールも例外ではない。
 100年戦争 ―――― 。
 長い苦渋の時代が終わりを告げようとしている。 
 それを信じないものはこの場にひとりとしていなかった。                         
              
 ※ 貴女(ダァム)という語は藤本ひとみ著「ユメミと銀の薔薇騎士団」よりお借りしました。
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